「先生、次の授業は何を教えてくれるの?」
「クラウディア先生、この魔法のコツを教えて」 その様子を後ろから見守るような形になっていた。幽体離脱というより、夢で彼女の記憶を見ているって事かな? もちろん生徒たちには私の姿は見えていないようだ。 生徒達との会話が終わり、広い校舎内を一人歩いていくクラウディア先生の後をついていくと、エントランスホールに下りる大きな階段にさしかかった。クラウディア先生は普通に下りようとしていたのだけど、突然時が止まったかのように彼女が動かなくなる。
どういう事?これは魔法なの? 今の私は幽体みたいな状態だからなのか、私自身は自由に動く事が出来ているわ。クラウディア先生の前に行って先生を起こそうとしてみたものの、透けてしまって触る事も出来なかった。
そりゃそうよね……記憶を見ているのかもしれないし、もしこれが過去の出来事なら私がどうこう出来るわけがない。 じゃあ、この後ってどうなるんだろう。 確か私が目覚めた時にセリーヌや殿下が階段から落ちてって言ってたような……するとクラウディア先生の後ろからノイズのような性別が分からない声が聞こえてきたのだった。「さようなら、クラウディア先生」
その声とともに時間が動き出し、誰かに背中を押されたクラウディア先生は階段を一直線に滑り落ちていったのだった――――
『クラウディア先生!』
もちろん私の声など届くわけはないんだけど、先生の元に駆けつける前に突き落とした犯人の方を振り返ると、影のようになっていてよく見えない。
誰なの?誰が先生を――――――絶対に見つけてみせる――――! そう決意したところでゆっくりと目が覚めて、今いる世界に意識が戻っていく。「…………夢……」
目覚めると酷い汗をかいていて、ネグリジェのようなドレスも汗で湿っていた。
さっきまで見ていたのは夢じゃない、多分だけどクラウディア先生の記憶だ。
そのおかげで彼女の今までの記憶がよみがえってきて、自分がどういう生活をしていたのか、学園での立ち位置、魔法の使い方など様々な事が走馬灯のように頭の中を巡ってきた。 あまりに多くの情報量に混乱はしつつも、ホッと胸をなでおろす。良かった――――魔法学園に勤めているのに魔法が使えなくなってしまったなんて知られたら、きっと大騒ぎになってしまうものね。
着ているものもネグリジェではなくシュミーズドレスだと理解できるようになったし。
「まだ少し頭痛が残っているから、試しに癒しの魔法を使ってみよう」 目を閉じて、体の奥に流れる自分の魔力に集中すると、胸の奥が熱くなり、力が湧いてくるのが分かる。そして私の周りを温かな風が包み込んでいく。 「慈愛に満ちたる命の息吹よ、我にその力を――――キュアウィンド」 魔法の詠唱などしたこともなかったのに、風魔法を試してみたら自然と口から詠唱が出てきたのだった。 本当に魔法が使えるなんて、すごい。治癒魔法を使った事ですっかり頭痛はなくなっていた。
「とっても便利。それに頭が痛くないから楽になったわ」 魔法が使える事に感動しつつも、殿下が帰って眠りについた後、目覚めたら元の世界に戻っていないかな、なんて淡い期待を抱いていた。でも実際は起きても状況はまるで変わっていないし、元の世界に戻る方法も分からない……それに最後のトラックが突っ込んできた場面だけは鮮烈に覚えているので、正直私はあの時に亡くなった可能性が高いのだろうと思う。
今さらながら現実が重くのしかかってくる。
なんの為に今まで頑張ってきたんだろう……前日もあんなに一生懸命練習したのにそのせいで寝坊してこんな事になるなんて。
まだちゃんとした恋愛もした事もなくて、色々とやりたい事もあったのに。家族もいない、この世界で一人……私はしばらく頭を抱えたまま涙していた。
涙が止まらないのは、クラウディア先生の記憶が頭に流れてきたのもあったのかもしれない。
彼女の記憶を垣間見て感じたのは、彼女もまた孤独だったという事だった。 10歳くらいにこの容姿に成長していってから、とにかく周りの男性に性の対象として見られるようになり、女性からは嫌悪され、友達も出来ない。どんなに周りに気を遣ってもその状況が変わらないので、諦めて高慢で妖艶な女性を演じるようになっていった。
周囲の状況はますます悪化するばかりだったけれど、クラウディア先生自身の気持ちは自由を得て軽くなっていく。でもそれが、さらに孤独を深めていって――――色々な事を諦めてきた彼女の心が重なり、余計に涙が出てくる。
本当は普通の女の子として生きたかった……彼女の祈りにも近い願いを感じる。 普通の女の子。それなら私にも出来るかもしれない。もうこの世界で生きていくしかないんだなと内心では分かっているから、彼女の願いを胸にクラウディア先生として生きる覚悟を決める。
そして絶対に先生を突き落とした犯人を見つけるわ!
だからこそ魔法の力が使えるという事は今の私にとって、とても大きな事だった。この世界で生き抜いていく為に――――
頭痛が治ってすっかり体が元気になったので、ベッドから起き上がって窓際の机に腰かけ、今後どうしていくべきかについて考える事にしたのだった。 「まずは私を突き落とした人物を突き止めなくてはね」 あの時、クラウディア先生は魔法を使う事も出来ずにあっという間転がり落ちてしまったので、顔を見る事は出来なかったはず。彼女の存在が都合が悪い人物が、学園にいるという事よね。
もともとクラウディア先生は悪女設定なので、あちこちから恨みを買っていても仕方ないのかもしれないけど、命を狙われるほどというのは穏やかではないわ。理事長――――シグムント王太子殿下にでも相談してみようかな。
そしてこの世界で生きていくには、ゆくゆくはラスボスを倒さなくてはならないのだろうと考えると、違う意味で頭がいたい。
その内王都の外へ出て、縦横無尽に魔物を倒しに行く事になるのだろうか……ここはアクションゲームの世界だし、そうなるのよね。
王都は陛下の力によって魔物が近寄れない結界が張られているから安全だけれど、外には魔物がいるエリアがある。そして放っておくとどんどん魔物が溢れかえってきて、この世界そのものの危機になっていくのだ。
それもゲームの通りなのかな…………私が机に向かって悶々と考えているとドアがノックされ、セリーヌが一人の男性を連れて部屋に入ってきたのだった。 その男性は王太子殿下より1回りも大きく、私と同じ髪色で少し年老いていたので、すぐにクラウディア先生の父親にあたる人物である事は分かった。 「お嬢様、元気になられたのですね!旦那様がお帰りになられて心配でお顔を見たいと」「クラウディア!机に座っていて大丈夫なのか?!階段から落ちたのだぞ?」
話し方を見ているだけでとても心配してくれているのが伝わってくる。 クラウディア先生は、唯一自身の家族とは仲良しだったのよね。それだけが彼女の孤独を癒していた。
「大丈夫ですわ、お父様。さきほど魔法で頭痛も治しましたし、もうなんともありません」 そう言って笑顔で返すと、心底ホッとしたような表情で私の目の前にきて、両手を握ってきた。 「お前は突き落とされたのだ。覚えているか?下から見ていた者がいてな……だが誰に落とされたかまでは分かっていない」「やっぱり私は突き落とされたのですね。気付いたら転がり落ちていたので顔までは覚えていなくて……」
「ああ、いや、無理に思い出さなくてもいいのだ。頭も強く打っているし、記憶も混乱しているのだろう。我が娘にした暴挙は必ず暴いてみせるからな……もし何か思い出したらすぐにでも伝えるのだぞ」
目の前の父と思われる人物は、事件について熱く語り、自分は私の味方だと伝えてくれたのだった。まだ転生したばかりだけれど、家族が自分の味方でいてくれるというのはとても心強いものだなとしみじみしてしまう。
「ありがとうございます、お父様。ひとまず学園に復帰して王太子殿下に相談してみますわ。殿下なら何か知っているのかもしれませんし」「で、殿下に?お前と殿下は…………いや、しかし殿下に報告をしておいた方がいいだろうな。分かった」
きっとお父様は私と殿下が犬猿の仲である事を気にしているに違いない。その相手に相談をすると言い出したので動揺したのね。でも殿下は上司だし、復帰したらひとまず彼に報告がてら相談しに行ってみよう。
ずっと寝ていた事もあって体力が落ちていたので、学園への復帰は10日後に決まり、それまで私は部活の時のように一生懸命体力作りに励んだ。
その結果――――ほっそりしていた腕からは筋肉の筋が見えるほどに鍛えられ、魔法の方もしっかりと使い方をマスターしてから復帰する事が出来たのだった。
「う――ん、素晴らしい」 この世界で目覚めてから10日ほど経って、その間健康的な食事と運動(主にジョギングと筋トレ)をしながら魔法を試したり、使いこなせるようにしたりと色々頑張った結果、美しい筋肉の筋が見えるようになってきて、自分の腕を見ながら感動していた。 やっぱり食事と運動って大事よね。 転生前の世界で運動部だった私は、その辺の知識を生かして筋肉が全然ついていないクラウディア先生の肉体改造に踏み切ったのだった。 クラウディア先生の体はとても女性的で魅力的だけれど、私には少し動きにくい。 胸も大きいので布を巻いてあまり揺れないように固定してみた。 この状態で運動してみたところ、とっても動きやすい! 学校の先生って肉体労働も多いだろうから、この状態で出勤しよう、そうしよう。このスタイルなら変に周りを誘惑する事もない……と思うし、あの堅物の王太子殿下も話しやすくなるんじゃないかな、なんて。 これから色々とお世話になりそうだから、悪印象は避けたいものね。 クラウディア先生は公爵家の令嬢でもあるから女性的なのは素敵な事なのだろうけど、その魅惑のボディで男性を誘惑していくキャラクターなものだから、殿下にはふしだら認定されている。 先生自体は全く男性と遊んでいた記憶もないし、勝手に言い寄られていただけなのに傍から見たら誘惑しているように見えるのね。 彼女自身も高慢な性格を演じていた事も相まって、男性がクラウディア先生につかまっているような構図が出来上がってしまっていた。 婚約者がいないのは好都合だけれど、皆に嫌われるのは避けたい。 何より何も悪くないクラウディア先生がなぜ孤独にならなければならないのか、釈然としないもの。 自分の中では極力周りを誘惑しないように服装に万全を期して出勤の準備を済ませ、馬車に乗り込んで魔法学園に向かったのだった。 魔法学園に出勤する時のクラウディア先生の服装は、丈の長いローブを腰の位置に太めのベルトで締め、ドレス状にして着こなしていた。 セリーヌに「いつものように胸元を開けますか?」と聞かれ、胸に布を巻いているし肌を見せるのは落ち着かないから、襟はハイカット。首元にはレースのクラヴァットをあしらうカッコいい装いにしてもらったのだった。 「お嬢様、今日の装いは一段と素敵です~~!」 セリーヌが服装を
セリーヌに言われて眠ったはずなのに、なぜか私はクラウディア先生の後ろにいて、彼女は学園での服を着て学園内を歩いている。 何度もプレイしたゲームなので、ここがドロテア魔法学園の校舎内である事はすぐに分かった。 どこに向かっているのだろう…………廊下を歩いていると生徒たちが声をかけてきて、クラウディア先生も楽しそうに言葉を返していた。 「先生、次の授業は何を教えてくれるの?」 「クラウディア先生、この魔法のコツを教えて」 その様子を後ろから見守るような形になっていた。幽体離脱というより、夢で彼女の記憶を見ているって事かな? もちろん生徒たちには私の姿は見えていないようだ。 生徒達との会話が終わり、広い校舎内を一人歩いていくクラウディア先生の後をついていくと、エントランスホールに下りる大きな階段にさしかかった。 クラウディア先生は普通に下りようとしていたのだけど、突然時が止まったかのように彼女が動かなくなる。 どういう事?これは魔法なの? 今の私は幽体みたいな状態だからなのか、私自身は自由に動く事が出来ているわ。 クラウディア先生の前に行って先生を起こそうとしてみたものの、透けてしまって触る事も出来なかった。 そりゃそうよね……記憶を見ているのかもしれないし、もしこれが過去の出来事なら私がどうこう出来るわけがない。 じゃあ、この後ってどうなるんだろう。 確か私が目覚めた時にセリーヌや殿下が階段から落ちてって言ってたような……するとクラウディア先生の後ろからノイズのような性別が分からない声が聞こえてきたのだった。 「さようなら、クラウディア先生」 その声とともに時間が動き出し、誰かに背中を押されたクラウディア先生は階段を一直線に滑り落ちていったのだった―――― 『クラウディア先生!』 もちろん私の声など届くわけはないんだけど、先生の元に駆けつける前に突き落とした犯人の方を振り返ると、影のようになっていてよく見えない。 誰なの?誰が先生を――――――絶対に見つけてみせる――――! そう決意したところでゆっくりと目が覚めて、今いる世界に意識が戻っていく。 「…………夢……」 目覚めると酷い汗をかいていて、ネグリジェのようなドレスも汗で湿っていた。
目の前にシグムントがいる。 あのゲームでは一番人気で能力もずば抜けて高いチートキャラクター。 全ての魔法が得意なのに加えて、光の魔法が使えるただ一人の人物。 でも私がクラウディア先生なのだとしたら、2人は幼馴染でありながら犬猿の仲だったはずよ。どうしてシグムント殿下がクラウディア先生の邸に? 彼は極度の堅物で、クラウディア先生のようなふしだら(に見える)女性は嫌悪の対象なので、二人は顔を合わせれば嫌味の押収だった。 今一番会いたくなかったな……中身はクラウディア先生じゃないのに、いつも嫌味を言ってくるシグムント殿下にどうやって立ち向かえばいいの?! クラウディア先生なら負けじと言い返す事が出来るのだろうけど……私がそんな事を悶々と考えているとセリーヌが彼に挨拶をし始める。 「王太子殿下、大きな声を出してしまい申し訳ございません!お嬢様が頭痛で倒れられたので――」 「頭痛?ああ、あそこから落ちたのだから頭を強打しているのは知っている。私は学園の理事長だからな、今日は職員の見舞いに来ただけだ。しかし君は仮にも風魔法の教師なのだから、目覚めたらすぐに癒しの魔法を使えばいいのではないか?」 そう言えばそうだ。クラウディア先生が得意な魔法は風魔法で、癒しの魔法もあるはず。 でも中身が私なのでそもそも使い方が分からない。 転生したばかりで混乱している状態で癒しの魔法を使ってもボロが出そうだし、今は止めた方が良さそう。どうにかして切り抜けないと……。 「王太子殿下、ご心配には及びません。後ほど癒しの魔法を使いますので私は大丈夫です。お引き取りくださっても構いませんから……っ」 殿下にそう言って一人で立ってみたものの、やっぱり無理かも……立った瞬間に頭がグラっとして目が回り、目の前が暗くなっていく―――― 「お嬢様!」 「ロヴェーヌ先生!」 2人の声が遠くに聞こえる…………体が地面に倒れ込もうとしたところで誰かが私を受け止めてくれて、事なきを得たようだった。 「…………っ……いたたっ」 思わず声が漏れてしまったけど、倒れた衝撃で頭がガンガンするだけで、体に痛みはなかった。 私を支えている力強い腕、これはセリーヌのものではない。 …………だとすると、殿下?ハッとして
――ズキン――ズキン――――――頭が割れるように痛い―――――― ――どうしてこんなに痛いの―― ――こんなところで寝ている場合ではないのに―― ――だって今日は―――――― だんだんと意識が暗闇から光のある方へのぼっていく。 その間も頭痛が止むことはなく、この痛みが夢か現実か分からずに、とにかくこの痛みから解放されたいと願っていると、目の前にパアァァと光が広がってハッと目を見開いた。 そこには、今までの人生で見たことのない景色が広がっていたのだった。 「え……何?この部屋……………………」 目が覚めて最初に飛び込んできた景色は、よくあるおとぎ話に出てくるお姫様のような部屋だった。 さっきまでうなされていたのか、額には汗が滲んでいる。 「ここは日本、じゃない……?」 ベッドに寝ながら呟いたひと言は、静まり返っている部屋に虚しく響いただけだった。 私は大学でバレーボール部に所属していて、今日は春季リーグがある大事な日。 そして、そんな日に限って寝坊したものだから、焦りながら走って試合会場へ向かったはず……会場近くの横断歩道を渡れば着くと思ったところでトラックが………………こちらに向かってきたところまでは覚えている。 その後は? まさか私、あのトラックにはねられて……? 「うそ…………そんなの信じない…………」 背が高い事がコンプレックスで、何か自分に自信をつけたいとバレーボールを始めた。 そしてそのバレーボールで強豪の大学に入る事が出来、レギュラーにもなれて優勝目指して頑張っていたのに……練習を頑張り過ぎて寝坊してしまうなんて。 何が現実で何が夢なのか、訳が分からないのでひとまず体を起こしてみる。 ――――ズキーンッ―――― 起き上がった瞬間に頭が異常なほど痛みだし、ズキズキするので布団の上でうずくまってしまう。 痛すぎる――――もし死んだとしてもどうして頭が痛むの?死後の世界なら痛みなんてないハズじゃ―――― そこまで考えて、ふと違う考えが私の頭を過ぎっていった。 ここは死後の世界じゃないかもしれない……布団は妙にリアルだし、周りの景色もリアルな感じがするのよね。頭は痛むけれど、ここがどこ